膝の軟骨と痛みの関係
膝の痛みにはいろいろな種類のものがありますが、今回は年齢を重ねることによって出てくるタイプのものを取り上げます。
年をとると、関節の軟骨がすり減って変形することで痛みが出てくると考えられています。
確かに膝の痛みを訴える年配の方がレントゲンを撮ると、関節の隙間が狭くなっていることがよくあります。
ですので、すり減った軟骨を補うためにサプリメントを摂取したり、ヒアルロン酸を注射して関節の動きを助けたりいて痛みを和らげようとします。
それでも無理な場合には手術をする方もいらっしゃいます。
しかし実際には、膝の痛みと軟骨のすり減り度合いは必ずしも関係しているとは限りません。
臨床的には軟骨のすり減りが激しくても、さほど痛みを感じていない方もいらっしゃるし、逆にレントゲン上はそこまで問題がなくても痛みがひどい方もいらっしゃいます。
この違いは何でしょうか?
この点を考えていきましょう。
膝の構造
まずは膝の構造を確認していきましょう。
膝はとても複雑な構造をしているのですが、簡単にまとめるとこのイラストのようになります。
・関節包
関節全体を包む袋のことで中は滑液という液体で満たされています。
・滑液(かつえき)
ヒアルロン酸を多く含む液体。クッション、潤滑剤としての働きがあります。
・靭帯(じんたい)
固いヒモ状の組織。骨と骨をしっかりつないで膝を安定させています。膝の場合は関節の内側にも外側にもあります。
・半月板
膝の内部にある組織で水分を多く含み衝撃を吸収するクッションの役割をになっています。
・軟骨
表面がツルツルで弾力性に富む組織。衝撃を吸収、骨の保護、関節を滑らかに動かす。関節の中で向かいあった骨同士は必ず軟骨を介して向かい合っています。
しっかりと体重を支える役割もある膝は、このように色々な組織で構成されています。
軟骨のすり減りと膝の痛みの関係
では軟骨がすり減るとなぜ膝が痛むと考えられるのでしょうか?
軟骨とは関節の中で向き合った骨同士がお互いにかぶっている帽子のようなものです。
この軟骨のすぐ下には骨があります。
骨の表面には神経が張り巡らされているので、ここはとても過敏な痛みを感じやすい構造になっています。
ですので、軟骨がすり減ると骨の表面が剥き出しになり、衝撃がダイレクトに骨に加わることになるので激しく痛むわけです。
しかし少し軟骨が減っているぐらいでは、骨の表面が露出することはありません。
こうなるのは、かなり軟骨がすり減ったことで膝の変形が進んだ場合です。
ですので、そこまで変形が進んでいない場合の膝の痛みは、後述しますが別に原因があると考えられます。
なぜ軟骨がすり減るのか?
そもそもなぜ膝の軟骨がすり減ってしまうのでしょうか?
それは膝が長年体重を支え続けた結果、摩擦に耐えられなくなるからです。
特に偏った使い方やバランスの悪い体重の載せ方をしていると、局所に負荷が集中してかかるようになるので、その部分の変形が進んでいくと考えられます。
ですので
膝が痛む→軟骨がすり減っている→軟骨を増やせばいい→サプリメントを摂る
という流れで対処されている方も多くいらっしゃいます。
しかしこれは本当に正しく、効果があるのでしょうか?
軟骨のサプリメントは有効?
膝の軟骨を補うと言われるサプリメントがあります。
グルコサミンやコンドロイチンという名前を耳にしたことのある方も多いと思います。
これらのサプリメントの成分は要するにコラーゲンです。
コラーゲンとは、タンパク質の一種で人の体内のタンパク質のうち約30%をしめる物質です。
靭帯や軟骨を構成する材料なので、これを摂取することで軟骨が作られると言われています。
しかし消化と吸収の過程を考えると、これらがどの程度軟骨の再生に効果があるのかは不明な点が多いと言えます。
コラーゲンはどうやって吸収されるのか?
コラーゲンに限らず体がタンパク質を吸収する過程は全て同じです。
タンパク質はアミノ酸という物質の集まりでできています。
全てのタンパク質はアミノ酸が集まって構成されているわけです。
タンパク質にいろいろな種類のものがあるのは、集まるアミノ酸の種類が違っていたり、並ぶ順番が違うからです。
タンパク質は大きいので、体内にそのまま吸収することはできません。
消化の段階でアミノ酸レベルにまで細かく分解されて、アミノ酸として体内に吸収されます。
なのでタンパク質はどのような形で摂取しても、結局は吸収段階で全てアミノ酸レベルに分解されることになります。
ということは、サプリメントでコラーゲンを摂取しても、吸収の段階ではアミノ酸になっていますので、サプリメントが軟骨になるとは考えにくいと言えます。
肉、魚、卵、牛乳でタンパク質を摂っても、コラーゲンサプリメントを摂取しても体の中では全く同じ反応しか起きません。
吸収される時にはどれもアミノ酸レベルにまで分解されています。
タンパク質は体のいろいろな髪の毛や筋肉、ホルモンなど体のあらゆるところを構成しているので、体内に入ったアミノ酸が体のどこに使われるかはわかりません。
軟骨のサプリメントを摂取したから軟骨になるわけではないのです。
加えて、そもそも現代の医学では軟骨は自然に再生されないと考えられています。
将来的にiPS細胞などの再生医療が発展すれば再生が可能になると思いますが、現時点では無理です。
病院でサプリメントが処方されないのはこうした理由からです。
残念ながら軟骨のサプリメントは膝の痛みを改善できる医学的な根拠に乏しいと言えます。
もし軟骨のサプリメントに劇的な効果があるなら臨床的にもっと利用されているはずですが、健康食品の域を出ないのはこうした理由があるからだと思います。
ではこうした膝の痛みに対して具体的にどのような医学的処置がなされているのでしょうか?
医学的な処置
医療機関での処置は
手術、注射、リハビリ(運動療法、手技療法)の三つに大別できます。
手術にはいくつかの方法がありますが、損傷した軟骨の付近の骨ごと人工関節に全て取り替える人工関節置換術という手術をされる方が多い印象です。
いずれにせよ他の処置では改善が期待できないケースの最後の選択という位置付けになると思います。
いきなり手術になるケースは稀です。
多くの膝の痛みの場合、まずは注射で経過をみることになると思います。
それは関節の中にある水の不具合が痛みに大きく関係していると考えられるからです。
注射には二種類あります。
①水を入れる→ヒアルロン酸注射
②水を抜く→関節穿刺(せんし)
膝の中にはもともと滑液という潤滑剤の働きをする水があります。
これが何らかの原因で増減した場合、不足したら注射によってこれを増やし、増えすぎた場合は抜いて痛みをコントロールすることがよく行われます。
水を入れる注射の成分に多く含まれるヒアルロン酸は化粧品の成分としても知られていますが、ドロッとしていて、水分の保有率が高く、関節の潤滑油として働いたり、衝撃を吸収するクッションのような働きもしています。
もともと膝の水である滑液の中にもヒアルロン酸は含まれていますので、水が少なくなった場合はこれを外から補う訳です。
では水を抜くケースはどうでしょうか?
これは逆に膝の関節の中の水が増えすぎた時に抜いて適量にするアプローチです。
しかし水を抜くと良くないと言われることがよくあるので、抜くことに抵抗のある方もいらっしゃると思います。
抜くとよくないと言われるのは、水が溜まっているのは何らかの原因があって結果的に溜まっている考えられるからです。
水(=滑液)は本来膝に必要なものです。
ですので、膝を守るために水が溜まっているとも考えられるので、原因に対する処置をせずに抜き続けても根本的な原因がどんどん悪化していくことも考えられわけです。
そのため安易に抜き続けるのは良くないと言えます。
しかしながら場合によっては水を抜いた方が良いケース、抜かなくてはいけないケースもあリますので一概に抜いてはダメなわけではありません。
抜くことによって楽になる場合も多いので、必要な際にはちゃんと抜いた方が良いです。
実際に水が溜まりすぎたら関節が膨らんで曲げることもできません。
このような状態では著しく日常生活に支障をきたします。
ただし水を抜いただけで終わりにするのではなくて、水が溜まらなくても良い膝の状態を作ることを考えていかないといけません。
対処療法だけを続けていても根本的な原因は解決しないので、徐々に悪化していくことになりかねません。
水を入れるケースも同じです。
この場合は滑液の主成分であるヒアルロン酸を注射する訳ですが、本来関節の中の滑液は体が作り出して分泌するものです。
滑液が不足している場合は滑液を分泌する機能に不具合が生じていることを意味しますので、これを解消していかなければいけない訳です。
このように水が増えすぎたり、減りすぎたりした場合、手技療法や運動療法を施すことで改善されるケースが多くありますので、そういった処方を受けたり、必要に応じて注射と併用したりしていくことが良いでしょう。
膝の水の量を調節する事ですり減った軟骨への負担を軽減させ、痛みを和らげる事ができる訳です。
しかしながら軟骨の摩耗と水の増減によるもの以外にも、膝の痛みを生じさせる理由があります。
手技療法や運動療法はそうした膝の不具合や痛みに対しても効果的です。
痛みが生じる場合、他にはどのような理由があって、手技療法や運動療法はどのような効果があるのかをみていきましょう。
膝が痛む原因
なぜ運動療法や手技療法が有効かというと、多くの膝の痛みは軟骨由来の問題というよりも、膝を動かさないことによって生じているからです。
膝が痛む主な要因は以下の三つです。
1.滑液の潤滑不全
上述してきたように、関節の水が溜まりすぎたり、少なくなりすぎたりした状態を意味します。
しっかりと関節の噛み合わせを整えて、周りの組織の働きが戻ると多くの場合、水の潤滑は自然と解消してきます。
2.軟部組織の硬さ
軟部組織とは筋肉や靭帯などのことです。痛みなどが原因で膝をしっかりと動かさなくなった時に、これらの組織が固まってしまいます。
それによって動かした時に痛みを生じるようになります。これはしっかりと動かしていくことで対処できます。
3.太ももの筋力低下
膝を動かさないことによって特に太ももの前の筋力が低下してしまい、膝を支える力が弱くなってしまったために痛みを生じてしまうことがあります。
この場合は、しっかりと動かして筋力を鍛える事で対処できます。
軟骨の状態ばかりに注意がいきがちですが、実際にはこれらの理由により膝に痛みを発症するケースが大半だと考えられます。
軟骨の摩耗があってもこうした周りの組織がしっかりと働いていればほとんど痛みを生じずに過ごせるケースも多い訳です。
ですので、まずはこれらを改善すべく体に負担の少ない手技療法や運動療法によるアプローチを中心に経過をみて、それで改善がなければ最終的には手術を考える必要があると言えます。
軟骨が激しく損傷している場合はもちろん外科的な処置が必要ですが、実際には軟骨由来でない痛みもたくさんあります。
膝のレントゲンをとれば誰もが歳を重ねると軟骨がすり減っているのが普通です。
軟骨がすり減るのは白髪やシワができるのと同じようなものです。
軟骨が減っているから痛むと考えるのは短絡的です。
実際には軟骨以外の組織がしっかり機能していないために痛みを生じているケースがほとんどですし、軟骨が傷んでいても周りの組織がしっかり働いて損傷部位に負担がかからなくなれば痛みはなくなります。
実際にレントゲンを撮って軟骨がかなり減っている人でもさほど不自由なく生活できる人も多くいらっしゃいます。
なので膝の痛みに対してまずは手技療法や運動療法を行なってみて、それでも改善が見られない場合は手術を考えていく流れが良いと思います。手術は最終手段で安易に行うべきものではありません。残念ながらサプリメントにはあまり期待できません。
注射も場合によっては必要ですが、根本的な解決にはならないので対処療法として長く続けない方が良いでしょう。運動療法や手技療法と併用するのが良いと思います。
こうした理由から適切な運動療法、手技療法こそが最初に取り組むべきアプローチであると言えます。ひどい軟骨の変形が生じる前であれば多くの場合効果が期待できます。
具体的に運動療法や手技療法ではどのような処置をするのかを紹介していきます。
運動療法・手技療法の具体例と効果
・関節モビリゼーション
関節を動かすことで関節に刺激を入れて滑液の分泌、吸収を促す手技療法です。新鮮な滑液で満たしておけば膝の中の負担が大きく軽減されて動きが軽くなります。
膝は屈曲する時に脛骨が内旋、伸展する時に外旋するので、この動きをしっかりと取り戻せるように手で誘導しながら動かしていきます。軽く圧をかけて滑液を軟骨や半月板に染み込ませるイメージを持ちながら動きを誘導していきます。
・マッサージ、ストレッチ
膝が曲がらない場合は太もも前の筋肉が縮んでいたり、膝の周囲の組織が固まっていることが多くみられます。痛みを庇うことによって長い間動かしていないとこうなってしまいます。動かしていないことで、実際に組織が硬くなって動けなくなってしまう訳です。
このように固まってしまった組織に対してストレッチやマッサージをして柔軟性を取り戻していくと、膝の動きが改善してきます。単独で筋肉や靭帯が硬くなるのに加えて、近くを走行する組織同士の癒着も動きを妨げる要因になります。
そうした癒着を剥がし、それぞれの組織の滑走性を取り戻す意識でアプローチをしていきます。
・筋力トレーニング
膝周囲の筋肉などを使えるようにして関節を安定させ膝への負担を減らします。具体的には太ももの前内側にある内側広筋という筋肉を中心に鍛えていきます。
筋力トレーニングといっても、重たいものを持ち上げる必要はありません。まずはほとんど負荷のない状態で筋肉が使えるように再教育していくことを優先していきます。筋肉に神経をスムーズに通すようなイメージです。そうすると徐々に力が入るようになってきて、膝への負担が減ってきます。
代表的なものとしてパテラセッティングというエクササイズがあります。
これは膝のリハビリでよく使われる運動です。両脚を伸ばして長座位になります。
そして片側の膝の真下に重ねた座布団を入れて少し膝が曲がるようにします。30度ほど曲がれば十分です。この時もう片方の脚は伸ばしたままにしておいて下さい。
この状態から膝裏で座布団を床に押し付けるように力を加えます。この時に足首とつま先を反らすようにすると力が入りやすくなります。
6秒間力を入れ続けて6秒間休みます。これを5〜10回ほど繰り返します。こうすると太ももの前の筋肉の強化につながります。
加えて片側の膝が痛む場合は、脚の長さに差がないかなど、全体的な体のバランスを調べて矯正していくことも必要でしょう。
一般に脚の長さが短くなっている側に体重が乗りやすくなる傾向があります。多くの場合、左右の脚の長さの差は腰回りのゆがみからきています。
もしくは足首のゆがみも膝に負担をかける原因になりますので、合わせて調整して置いた方が良いでしょう。